夜更の雨 中原中也『在りし日の歌』より

夜更よふけの雨

―ヴェルレーヌの面影―

 

雨は 今宵こよいも 昔 ながらに、
昔 ながらの うたを うたってる。
だらだら だらだら しつこい 程だ。
と、見るヴェル氏の あの図体ずうたいが、
倉庫の 間の 路次ろじを ゆくのだ。

倉庫の 間にや 護謨合羽かつぱの 反射ひかりだ。
それから 泥炭でいたんの しみたれた 巫戯ふざけだ。
さてこの 路次を 抜けさへ したらば、
抜けさへ したらと ほのかな のぞみだ……
いやはや のぞみにゃ 相違そういも あるまい?

自動車 なんぞに 用事は ないぞ、
あかるい 外燈なぞは なおの ことだ。
酒場の 軒燈あかりの 腐った 眼玉よ、
遠くの 方では 舎密せいみも 鳴ってる。

 

注釈

ヴェルレーヌ

フランスの詩人
マルラメやランボーとともに「象徴派」と呼ばれ、540編の詩を残す
その人生は破滅的だったと言われる
1844年に生まれ、1896年に没する

舎密(せいみ)

「化学」の旧称
江戸時代後期の蘭学者・宇田川榕菴ようあんがオランダ語で化学を意味する単語「chemie」を音写して当てた言葉